……来ない
(マイクロソフトが日替わりで更新してくる)が、
ねこだったので、席に帰ってくるたびに
テンションがあがってとてもよかったです。

うふふ。もふもふ♡
さて。
昔、そこそこ流暢に日本語をあやつる
ブラジル人の留学生の京都案内をしたのですが、
その子は普段は東京にいて、いわゆる標準語を聞いており、
我々関西人が(互いに)関西弁で喋りだすと、
「あなたがたの日本語はわからない……」
と大変悲しそうな顔をしておりました。
スピードが速いのかな?
と思ってゆっくり喋っても
やっぱりわからない単語はわからない。
(そりゃそうだ。ごめんよ……)
単語の違いもさることながら、
アクセントもなにもかも違うので、
まったく違う言語に聞こえることもある、と。
(実際、外国語圏の方にとっては、関西弁は「第二日本語」くらいの勢いで、一般的に習う日本語とは異なるらしい)
実は、関西人の間でも、
地域によって結構違う言語があるんですよね。
その代表格が、
みなさまご存じかもしれませんが、「来ない」。
大雑把に、
「けーへん(けえへん)」→大阪
「きーひん(きいひん)」→京都
「こーへん(こおへん)」→神戸
(番外編:「こやん」→三重)
(奈良と和歌山はよくわからん……(追記:「きゃーへん」→奈良))
(私自身は神戸ですが、若干大阪寄りに訛ってる「こぇへん」です)
関西人同士であれば、どれでも意味は通じるんですが、
こうやって書き出してみると、
けっこう違う言語だな……なんで通じてるんだろ?
でも、関西人同士ならどれ使っても通じる。
関西人以外には……わからん……。
(少なくとも、「え?!」と聞き返されたことはないのですが、なんとなく前後の脈絡から察知してくれてんのかな……)
(なお、ご近所ランナー様方に聞いてみたところ、京都と大阪の中間に位置し、転勤族が多い当市は、わりと方言が入り乱れている、ということがわかりました)
一方、最近、こういう動きがあるらしく、
少なくとも、関西人同士では、合理化しようとしているんだな。
えらいぞ。
でも、方言なのに標準化したいって、
ちょっとなにをどうしたいのか
意味わからんところがあるなー……。
(それなら、標準語をしゃべればいいのでは?)
と思いながら読み進めていくと、
近畿方言は以前からある程度の共通性を持ってきた。これは大阪・京都の周辺地域への強い文化的・経済的影響力に由来するものだが、例えば「行けへん」は大阪では「行かない」、京都では「行けない」と意味が変わるなど、誤解を生む場面がどうしてもある。そのような方言の違いによる誤解は現代の活発な人的交流の妨げとなり、ビジネス的な要因からも互いの共通言語が必要となる。通常であればそうした場面(とりわけビジネス環境)では全国共通語(標準語)が用いられることが多いが、近畿地方では方言は矯正されるべきだとの考えが他地方と比べて弱く、方言を利用する方がさまざまなコミュニケーションの場面において不利益よりもむしろ利益となることがある。
頑として、完全標準語化はしないっぽい。
あくまで、関西弁圏内の、
自分たちの都合による標準化。
大変自分勝手な概念でよろしい。
(あまりオチがない)
(ので、言語つながりで、ナ行変格活用の日本語は「死ね」「去ね」だけなので、「〇ね」と伏字にしても高々二択(「去ね」がほぼ死語と化している現在においては一択)、という先日知った無駄情報を書いておこう)
いつも応援いただきありがとうございます。

